阪神大震災での医療支援活動以降、薬剤師の専門性を活かした被災地での活動が高く評価され、災害時に医療チームの一員としての役割が期待されています。日本災害医療薬剤師学会の理事であり、宮城県薬剤師会常任理事の髙橋文章先生に、東日本大震災時におけるお薬手帳の役割、医薬品の在庫管理、モバイルファーマシーなどについてお聞きしました。
被災地でのお薬手帳の役割
東日本大震災では、お薬手帳をどのように活用されたのでしょうか。
髙橋医師が診察をするとき、通常は血圧を測って、採血をして、それで問診、聴診、打診といろいろな方法があります。ところが、被災地では問診、聴診、打診まではできても、その先の検査はできませんでした。この段階で、診断して投薬しなければならず、これは医師にとってはかなり大変なことだと思います。結局、分からないことがいっぱいあり、その間を埋めるツールの一つとして、お薬手帳がありました。診療記録は病院にあったので、津波と一緒になくなりました。そのようななか、問診、聴診、打診で何の薬を出すかといった時に、お薬手帳によって、今まで何を処方されていたのか、過去の病歴が推測できます。
一方で、お薬手帳を持っていなかった患者さんで、常用薬がわからない場合はどのような対応をしていましたか。
髙橋正直いうと、推測になるので無理に合わせ込もうとはしません。そのとき見た病態を医師が判断して投薬するのが原点です。推測するのではなく、きちんとその場で診察して、必要であればきちんとした検査ができる場所に患者さんを移動させます。つまり、適切な投薬を受けるため、広域搬送であるとか、受診勧告であるとか、機能している病院の紹介など、段取りを付けるのも仕事です。
例えば、糖尿病患者に対して、避難所で食生活が日常とは違うのに、通常の投薬をしていいのかという判断は、処方権を持っている医師がすべきです。ただ、情報を集めてお薬手帳などに記載し、提案するのもわれわれ薬剤師の仕事ではないかなと思います。
医薬品の在庫管理
被災地において、医薬品の管理はどのように行いましたか。
髙橋宮城県薬剤師会に運ばれた支援物資は、会館の大きい部屋に入れていました。地震から1週間後くらいに、日本災害医療薬剤師学会から薬剤師が派遣されてきました。彼らに最初にお願いしたのは、医薬品のリストアップです。そのときはExcelを利用しました。
その後、あまりにも物資が大量になってきたので、宮城県薬剤師会常任理事の斉藤正典先生が支援物資を管理するパソコンソフトをその場で作ってしまいました。このようなことは、なかなか難しいので卸さんに頼んで、パソコンや在庫管理ソフトを貸してもらうのも有効かと思います。平時から、関係団体とは、何かあったらお願いできるような関係を、普段から作っておくことが大切です。
東日本大震災をきっかけに開発したモバイルファーマシー
モバイルファーマシーについてお聞かせください。
髙橋モバイルファーマシーは、薬局機能を備えた車両です。キャンピングカーを改造し、発電機、ソーラー発電機、水タンクなどを搭載することで、自己完結型の支援が可能です。災害時にいち早く被災地に駆けつけ、DMAT(災害派遣医療チーム:Disaster Medical Assistance Team)や自衛隊などと連携しながら活動します。
モバイルファーマシー開発のきっかけのひとつに、東日本大震災での医療支援において、薬局の機能が壊滅的な状態で、薬剤師が苦悩したことが挙げられます。
例えば、沿岸部で患児にタミフルのドライシロップが処方された時のことです。電気も天秤もなかったものの、薬自体はありました。目分量で測るわけにもいかず、結局、薬をもって20km以上離れた内陸に車で向かいました。また支援している薬剤師が勤務後に仮眠する場所や、トイレの確保も課題でした。
あとは衛生面です。段ボールには結構ダニも付いていますし、段ボールから直接薬を出すことはあまり衛生的とはいえません。やっぱり世の中ひっくり返った状況でも、薬はきれいな場所できちんと出したいという思いもありましたね。
モバイルファーマシーの開発は2012年で、浜松の日本薬剤師会の学術大会で発表しました。現物を展示して、コンセプトを説明し提案したところ、最初に手を挙げたのが大分県薬剤師会でした。熊本地震発生時には、この大分県薬剤師会のモバイルファーマシーがいち早く出動しました。
宮城県薬剤師会モバイルファーマシーと支援車両。支援車両は、モバイルファーマシーの先導、設置地周辺における物資と薬剤師移動を担う
外部電源が確保できない場合に稼働するポータブル発電機
電子天秤、自動分割分包機、錠剤棚、電気冷蔵庫などの設備を備えているモバイルファーマシー内部
宮城県薬剤師会モバイルファーマシー 外観
代替薬の提案は信頼関係の構築から
被災地でのOTC薬の活用についてお聞かせください。
髙橋薬剤師が医師に、「医療用医薬品としての在庫はないけれども、同じ成分のOTCならある」というようなアドバイスをした事例はありました。自分のなかで、OTCと医療用医薬品の区切りはなく、把握している在庫のなかで最適なものを選んでいました。平時から、OTCのこともちゃんと勉強しておくと、いざというときに役に立ちます。
限られた在庫の中で、薬剤師が医師に代替薬を提案することもありました。そのためには同じ医療チームとして、医師、看護師と薬剤師でしっかりと意思疎通をし、この薬剤師が言ったことだから間違いないと思ってもらえる、信頼関係を築くことが重要です。
こういった過去の事例から学ぶことは大切です。語り部ではないですけれども、そういった体験談などは文字に残しておく必要があります。ただ、東日本大震災の時は、あまりにも突然で長期間だったため、私はそういった細かい部分はあまり記憶していません。そのため、3泊4日とか1週間とかいう短期間、被災地支援に携わった薬剤師は、どのような患者に何の薬をどれだけ調剤したのか、調剤にあたってどういう判断をしたかという記録を取って、後でどこかで教えていただけたらなと思っています。そのために学会とか研修会であると思うので、そういった事例を集めて次に活かせたらなと思います。
宮城県薬剤師会常任理事の髙橋文章先生