阪神淡路大震災とは異なり、東日本大震災では、地震の揺れによる建造物の倒壊は多くなかったため、外傷に用いる薬剤の需要は少なかったが、津波によって常用薬が流されたことや避難生活が長引いた影響で、避難所における慢性疾患患者への対応のニーズが多かったと報告されています1)。
東日本大震災において、実際に宮城県南三陸町歌津地区、岩手県下閉伊群山田町、宮城県気仙沼市で支援活動を行った医療支援チームが救護所、避難所で処方した薬剤を薬効群別に調査した結果を公表しています(図)2-4)。
慢性疾患用薬の処方が多かった理由として、調査期間はDMATの活動が中心である震災の急性期ではなく、被災地外からの医療支援チームが活動を開始する亜急性期~慢性期であったこと、津波によって常用薬をなくした患者が多かったことがあげられます。また、気仙沼市では、医療機関への交通手段等の復旧が遅れ、震災2ヵ月後においても常用薬の処方がかかりつけ医でできなかったことも要因のひとつです。
このように、災害時において処方される薬剤は、災害のフェーズ、震災の規模や発生地域、気温、季節、避難所の環境復旧状況によって、必要な薬剤のニーズが異なります。そのため、支援活動において携行医薬品を臨機応変に決定することが重要です。
本稿では、特に処方ニーズが高かった循環器疾患の薬物療法について解説します。また、次回以降は、常用薬の中断が症状の悪化に直結する糖尿病、呼吸器疾患、てんかんなどの薬物療法について解説します。
- Furukawa K et al, Earthquake in Japan, Lancet. 2011; 377: 1652-1653
- 永瀬怜司ほか、東日本大震災に伴う医療救護活動における処方薬の実態調査、日病薬誌、48; 11; 1360-1365、2012年
- 半田智子ほか、医薬品需要の動向からみた被災地に必要な医薬品情報、昭和大学薬学雑誌、2: 2; 159-168、2011年
- 富永綾ほか、東日本大震災における山形県医療支援活動での処方薬の検討、日病薬誌、48; 4; 445-448、2012年
循環器疾患
循環器系はストレスの影響を受けやすい臓器系であり、災害時には急性ストレス、慢性ストレスに晒され、短期・長期的に循環器疾患の悪化や新規発症のリスクが高まります(図)。
『2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン』では、新規・既存にかかわらず「災害後に生じる高血圧(≧ 140/90 mmHg)を災害高血圧と定義する」とされています。大規模な災害時には、循環器疾患が好発し、血圧のコントロールは心血管イベントを抑制するために非常に重要です。また、災害後の循環器疾患の抑制の最初の第一歩として血圧測定も重要です。
循環器疾患の治療では、多くの場合、多剤併用されています。お薬手帳をなくしている場合においては、平時に服用していた薬剤の特定は困難ですが、できる限り丁寧な聞き取りを行い、疾患名やどのような薬剤を服用されていたか、アレルギー歴や副作用歴などを確認した後、お薬手帳に記載し、後続の災害医療チームに服用薬情報を引き継ぎます。
降圧薬5, 6, 8)
日本高血圧学会編『高血圧治療ガイドライン』においても第一選択薬の一つとして位置づけられているジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は、電解質代謝への悪影響も少ないことから、食事・水分摂取量の減少や高塩分含有食の摂取の増加など、変化する災害環境でも使いやすいと考えられます。
その他、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE 阻害薬)やアンジオテンシンII 受容体拮抗薬(ARB)、利尿薬も第一選択薬として広く使われていますが、これらの薬剤は薬理学的にみて体液量や食塩摂取量の影響を受ける可能性があり注意が必要です。
主な降圧薬について、災害時に投与する際に考慮すべき点を下表にまとめました。
抗凝固薬5, 7, 8)
心房細動による心原性脳梗塞予防目的で抗凝固療法がおこなわれている患者は、服用継続が必要です。また、人工弁(機械弁)置換術後の患者に対するワルファリンには、代替薬がなく、服用継続が必須となります。
ワルファリンにはビタミンK拮抗作用があり、生鮮食品の摂取が難しい災害時において、ビタミンKの摂取量低下がワルファリンの効果増強につながる可能性があります。また、水分摂取量の不足による血液粘度の上昇により薬効が変化する可能性があるため、注意が必要です。
非弁膜症性心房細動では、直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)も選択肢となります。定期的な血液凝固測定が不要であるものの、定量的な凝固能評価ができないため、出血に注意が必要です。ダビガトランは腎排泄の薬剤であるため、水分摂取量の低下による効果増強に注意が必要です。一方、腎外クリアランスが大きいエドキサバンは災害時においても使いやすい薬剤といえます。
抗血小板薬5, 7, 8)
ステント留置後の抗血小板薬療法は、薬剤溶出性ステント留置例では術後1年間、通常のステント留置例では術後1ヵ月間は2剤併用(うち1剤は低用量アスピリン)、その後は低用量アスピリン単剤投与となります。アスピリンの作用持続期間は約7-10 日程度と比較的長いものの、中断した場合は速やかな薬剤投与の再開が必要です。
抗不整脈薬5, 7, 8)
心房細動に対する薬物治療は、レートコントロール(心拍数調節)またはリズムコントロール(洞調律維持)を目的とします。
レートコントロールに使用する薬剤のうち、ジゴキシンやベラパミルは、服用を中断することで頻脈となりえます。しかし、2-3日であれば患者は無症状で耐えられます。その間に、速やかに薬剤を供給する必要があります。
心房細動に対するリズムコントロールに使用する薬剤は、中断により心房細動を起こす可能性が高くなるものの、服用を継続していても心房細動を起こす可能性はあり、副作用の発現リスクも考慮し、代替薬を選択するよりは中断する方が無難です。
一方で、アミオダロンの適応は「生命に危険のある不整脈(心室細動、血行動態不安定な心室頻拍)で難治性かつ緊急を要する場合」です。半減期が長いため中断によりすぐに悪化することはありませんが、3-4日で不整脈発作が起きる可能性があるため、速やかに循環器内科専門医に紹介する必要があります。
- 災害時に起こりやすい水分摂取量の不足や高食塩摂取、運動不足、睡眠障害などは高血圧が悪化する因子です。避難所の巡回時などにこれらのことを説明し、予防の方策を啓発していくことも薬剤師の大事な役割です。
- 名倉弘哲、山内英雄 編、はじめる とりくむ 災害薬学、南江堂、2019年
- 橋本貴尚、高血圧、薬局、Vol67; 13; 3420-3425、2016年
- 伊藤功治、不整脈、薬局、Vol67; 13; 3426-3434、2016年
- 日本循環器学会/日本高血圧学会/日本心臓病学会編「2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン」
(http://www.jpnsh.jp/Disaster/guidelineall.pdf)2014年