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薬剤師×災害医療の最前線 過去から学び、未来に備えるために PART3

座談会

更新日:2019.11.29

PART3
災害医療:未来に向けての課題
西澤 健司 先生
西澤 健司 先生
1999年東邦大学大学院修了(薬学博士)。日本医科大学付属病院薬剤部等を経て東邦大学医療センター大森病院薬剤部長。日本災害医療薬剤師学会会長。
PART3
災害医療:未来に向けての課題

西澤それでは最後のテーマになりますが、これまで話し合ってきたことを踏まえ、災害医療に関して未来に向けて改善が必要と思われる点や、今後このようなことに取り組んでいきたいといった未来に向けての思いをそれぞれ語っていただけますでしょうか。

被災時はすべての薬剤師が対応を迫られる

佐藤いかにして災害医療に興味のない薬剤師を巻き込めるかという点が、大事になってくると考えています。他の地域の災害支援を行う場合は、主として支援に赴く薬剤師が災害医療の知識を用いることになりますが、自分たちの居住地域が被災してしまった場合は、災害に対する知識の有無にかかわらずすべての薬剤師が災害対応を迫られることになります。近年のように自然災害が毎年のように各地で発生している状況では、やはり災害時に必要な最低限の知識はできるだけ多くの薬剤師が持っていたほうが良いと思われます。
 そのため、私たちのような災害医療を経験し、研鑽している薬剤師が中心となって勉強会を開いたり、研修会参加を呼びかけたりして興味をもってもらうことが大事になってくると考えられます。その際には、費用面や休日保障といったネックになる可能性が高い部分について、所属施設に働きかけ、協力してもらう体制を作れるようにしていかねばならないと考えています。

西澤薬剤師の新人研修において、電子天秤や分包機が使えないときの対応など、災害医療における具体的な対処方法には取り組まれているのでしょうか?

佐藤薬学教育のコアカリキュラムが改訂されたことで、災害医療については大学で学んでくるものだと思っていました。しかし帯広のPhDLSに行った際に、北海道科学大学薬学部の野呂瀬崇彦先生から、災害医療の項目は大学で教えることではなく、実習に行った先で学ぶ項目だということを教えていただきました。そこで、実習生が来た際には、具体的な対処方法などを話して興味を持ってもらおうと考えています。

土佐薬剤師云々以前に、被災地で家族や友人が亡くなってしまった場合でも災害対応できるのかといった難しい問題はあるわけですが、それでも歴史が繰り返されることを考えるなら、過去の災害の経験、教訓を伝えていくことは非常に大切です。できるだけ多くの人に災害医療について知っていただき、今後にいかしてもらいたいと思います。

土佐 貴弘 先生
土佐 貴弘 先生
1998年東北薬科大学薬学部卒業。公立深谷病院等を経て2006年より株式会社こぐま薬局代表。宮城県薬剤師会常任理事、石巻薬剤師会副会長。
佐藤 貴紀 先生
佐藤 貴紀 先生
2010年東北薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。2010年4月より公益財団法人宮城厚生協会坂総合病院薬剤部勤務。

大学の薬学教育で災害医療を学ぶことの重要性

西澤災害医療の教育、啓発等について、尾形先生はどのようにお考えになりますか?

尾形薬剤師という職種は、病院、薬局、医薬品卸、行政、製薬会社など幅広い所属があります。私は、これらの所属を超えた連携が、被災地域の医療支援・復興に間違いなく大きく寄与すると思います。自分たちで対応できることと、支援してほしいことを整理し、需要と供給を調整する薬剤師をもっと育成していく必要があると考えます。
 そうしたことも含めて私は、社会に出た後に災害医療を勉強するのでは遅いと思います。大学の薬学教育の中で災害医療をしっかり学ぶことが必要です。そうすることで、全員が薬剤師として、災害時における病院・薬局・卸の立場、過去の災害対応や今後求められることなど、最低限の知識を持った状態で社会に出てくることができます。いったん社会に出て、災害拠点病院の薬剤師、一般病院の薬剤師など、それぞれの立場に身を置いた後では、学生時代と同じ余力や熱意を持って知識習得に取り組むことが難しくなってしまいます。ですから、今後は災害医療に関するしっかりとしたカリキュラムを、大学教育に取り入れたほうが良いのではないかと思います。

所属を越えた薬剤師の連携
所属を超えた薬剤師の連携が被災地域の医療支援・復興に大きく寄与する

西澤災害医療は大学の薬学教育の新たなコアカリキュラムにも1、2単位は入っているのですが、実際の内容は大学によってかなり温度差があるように感じます。授業でしっかりと教えているところもあれば、研修、実習の場で学ばせる方針の大学もあるようですね。

土佐大学の先生などには、様々な機会で被災地支援に行っている方が多いようです。そういう先生方が、被災地見学として時々学生を石巻に連れて来られたりしています。例えば、北海道科学大学薬学部の野呂瀬崇彦先生は毎年3月、石巻に1泊2日で学生を連れて来られます。また宮城県薬主催で、薬学部の5年生を対象に、石巻・女川地区の沿岸被災地域を巡るバスツアーである「被災地医療修学ツアー」が行われています。災害が「対岸の火事」という視点にならないよう、こうした機会を利用して若いうちに災害医療を経験するほうがいいと思います。他の県との情報交換も行いつつ、継続的な啓発活動を実施することが大事だと考えます。

佐藤薬学部の学生に災害医療について教えるにしても、そもそも教員がそういう教育を受けていない場合も多いのではないでしょうか。そうした点を改善していくことも、大事だと思います。

西澤必ずしも大学教員ではなく、実際に災害医療の経験のある人を呼んできて講義してもらえば、意欲を感じてくれる学生も増えるかもしれませんね。そういった場は絶対必要だと思います。

増田こちらから働きかけをすれば、受け入れてくれる大学は結構あるのではないでしょうか。

土佐実際、東北医科薬科大学薬学部の4年次に災害医療について学ぶ科目が開講されており、宮城県薬元会長の生出泉太郎先生、現会長の山田卓郎先生が非常勤講師として教鞭をとっておられます。

尾形 知美 先生
尾形 知美 先生
2009年東北薬科大学卒業。大崎市民病院に勤務。退職後、2018年7月豪雨にて、災害特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンの業務委託員として復興支援活動を行う。現在は派遣薬剤師として勤務しながら、災害医療の啓蒙・教育活動を続けている。
増田 道雄 先生
増田 道雄 先生
1974年明治薬科大学卒業。製薬会社勤務を経てマスダ調剤薬局代表。茨城県薬剤師会副会長、日本災害薬剤師学会副会長。

被災地に赴くことだけが災害支援ではない

西澤薬学生の教育、研修について、増田先生のお考えはいかがでしょうか?

増田薬学生の実務実習について、茨城県薬では私たちの支部が中心になって年3回の研修を行っています。研修内容は、災害とはどういうものか、薬剤師として受けた教育や技術を世の中に還元することの重要性などを中心に、さらに法令的なこと、東日本大震災や熊本地震での実際的なことまで全般にわたっています。日本災害医療薬剤師学会と同じように包帯法も取り入れています。研修時に、医師から様々な疾患や災害特有のクラッシュシンドロームなどについて話してもらうと、真剣度が増します。研修後は確認テストを行い、その集計結果を研修資料とともに電子媒体に保存して指導薬剤師や大学の実務実習の担当教授にお送りしています。研修の成果報告会では、各大学の教授からいつも好評を頂いています。薬学生に対する研修は地域外でも行っており、例えば千葉科学大学薬学部で毎年、半日時間をいただいて4年生への災害医療に関する講義をしています。
 それ以外に、防災訓練も色々実施していますが、それらは実際の災害に即応できるような本格的なものではありません。しかし、周辺の関係団体の方々が多く集まりますので、「顔の見える関係」のネットワーク構築には役立っています。また、そうした訓練に要配慮者の福祉避難所での想定など、色々なメニューを盛り込んで研修を行っています。
 研修後に災害支援に関わりたいと思う人が増えることは喜ばしいことです。しかし、被災地に赴くことだけが災害支援ではなく、たとえ災害支援に積極的に関わりたいと思わない人がいたとしても、その人たちは支援に出ていく人たちを支えるバックボーンになっているわけです。災害支援とは、そのような両者が全体として共有し、対応していくべきものだと思います。

西澤災害医療の教育、研修では、皆さん素晴らしい取り組みをしておられますね。せっかく薬学教育のコアカリキュラムに災害医療が入っているのですから、すべての薬学生が災害医療に対して意欲を感じるようになってほしいし、そのような教育、研修プログラムの構築を期待したいところです。そして、学生のうちに災害医療の意義を感じてもらい、薬剤師法の趣旨をしっかりと実践できる薬剤師になってほしいと思います。

日頃からの他職種との連携が災害時に役立つ

西澤災害医療に関して、教育面以外に改善していくべき点はありますでしょうか?

土佐災害について知ることに加えて非常に大事なのは、日頃からの他職種との連携です。例えば行政関連等のいわゆる「充て職」に就いている人間が、他の人たちとネットワークを作っていくとともに、若手世代を含めた他の人同士のネットワーク構築にいかに寄与していくかが大切だと思います。日々の仕事や地域包括ケア等を通じて、日頃から色々な他職種と連携しておけば、災害時にも非常に役立つのではないでしょうか。これは、公式の会合や勉強会はもちろん、それ以外の懇親会やサークル活動などで親しくしておくことも含んでいます。
 私は、災害ということだけでなく、人のつながりの中で連綿と受け継がれてきた知識、経験という基盤があってこその薬剤師だと考えています。薬剤師の存在意義については薬剤師法第一条の「公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保する」という表現ですべて言い尽くされていると思いますので、ぜひとも心に刻んでいただきたいものです。

西澤普段から医療福祉従事者間の「顔の見える関係」を構築しておくことが、災害時の連携体制につながるわけですね。

慢性疾患患者への医薬品提供が課題

HPKIカード(イメージ)

増田超急性期における医療体制はDMAT、JMAT等による体制が概ね整い、十分な体制が確保されているように思えますが、今までの災害医療支援において一番問題になったのは、慢性疾患の患者さんへの医薬品提供でした。このための医薬品の調達に関し、品目、数量が課題になっていました。災害時の備蓄医薬品について、茨城県の備蓄医薬品リストには滅多に使わないような薬が残っておりますし、医薬品をランニングストック方式で備蓄しています。しかし、発災時における実効性を考えるならば、やはり今後はビッグデータの活用が必須だと思います。地域、季節、人口など、地域毎のレセプトデータがあれば、災害時に必要な医薬品の品目、数量を的確に決定することができるようになるでしょう。
 また、被災地で患者さんが服用している薬を同定するのに非常に苦労したことから、HPKI(保健医療福祉分野公開鍵基盤)証明書の早急な整備が望まれます。HPKI証明書が整備されれば、避難所で服用中の薬を調べる際、医師、薬剤師がHPKI カードにより必要サイトにアクセスして服用中の薬を直に調べることができます。また、医療従事者の被災地での身分証明にもなります。お薬手帳が有用であることは、これまでの災害医療支援の経験から嫌というほど思い知らされています。HPKI証明書が整備されれば、たとえ患者さんがお薬手帳を持っていない場合でも、服用していた薬の同定が可能になるかもしれません。

被災地での薬局不足、薬剤師不足への対応が求められる

尾形今後は急性期以降の慢性期・復旧復興期の医療についても、もっと真剣に考えていかなければならないと思います。先述のように私は、西日本豪雨で水害に見舞われた岡山県倉敷市真備町に発災4ヵ月後くらいに入って医療復興支援を行いましたが、そこで、医療が被災地に早く戻る、早く復興するということは、住民が戻ってくる上でいかに重要であるかを知りました。医療機関が復旧しても、周辺の薬局が閉店してしまったということがありました。医療者の派遣は一部の例外を除き禁止されていることもあり、被災地では薬局不足や薬剤師不足が必ず起こってくるので、それを何とかする必要があると考えております。

土佐保険薬剤師が簡単に都道府県をまたいで勤務できるような法制度は必要でしょうね。

増田災害復興期間には特例を認めるなど、何か対策があってもいいでしょうね。

尾形そのようなことを改善できればいいと思っています。

西澤非常に大切ですが、難しい問題ですね。

おわりに

西澤災害時における保健医療活動の体制については、東日本大震災以降も何度か災害対策本部が設置されてきました。しかし熊本地震においては、県および保健所における保健医療活動チームの指揮・情報連絡系統が不明確で、保健医療活動の総合調整を十分に行うことができませんでした。どの保健所管区にDMATや薬剤師チームなどが入ったかという情報連携や調整ができず、モバイルファーマシーが1箇所に2台来てしまったり、逆に医療チームに来てほしい所に来なかったりと、偏りが生じることとなりました。
 そこで、地域の保健所も絡めて組織化しようと、2017年7月に厚生労働省から「大規模災害時の保健医療活動に係る体制の整備について」という通知が出されました。これは、被災地の都道府県庁に「保健医療調整本部」を設置し、保健医療活動チームの派遣調整、保健医療活動に関する情報の連携、整理および分析等の保健医療活動の総合調整を行うこととしたものです。災害医療に携わろうという薬剤師には、こうした保健医療活動の体制に関する知識も必要となります。
 ただ、こうした体制や法整備の重要性と併せて、今日のお話の中で何度も述べられてきたように、普段から医療福祉従事者間の「顔の見える関係」を構築しておくことが災害時のスムーズな連携体制につながるのだということも、決して忘れてはならないと思います。
 今回の座談会の内容が、病院、薬局、卸などそれぞれの立場で、災害医療の担い手として現在活動されている薬剤師の皆さん、もしくは将来のために何ができるかと考えている薬剤師や薬学生の皆さんにとって少しでもお役に立つなら、これに勝る喜びはありません。本日はお忙しい中、ご出席いただきありがとうございました。


用語解説

HPKI証明書
保健医療福祉分野公開鍵基盤(Healthcare Public Key Infrastructure)証明書は厚生労働省が認めた電子証明書。医師・薬剤師・看護師など保健医療福祉分野の26種類の国家資格と、院長・管理薬剤師など5種類の管理者資格を電子的に認証することができる。

(用語解説参考文献)

名倉弘哲、山内英雄(編)、はじめるとりくむ災害薬学.南山堂、東京、2019年

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