近年、台風の巨大化や豪雨の激甚化などに伴い日本各地で大規模水害が相次いでいます。そのため、水害に対する防災意識も高まりをみせています。また、相次ぐ災害を契機として、災害医療における薬剤師の役割と意義が広く認知されるようになってきました。今回は、日本災害医療薬剤師学会の理事であり、茨城県薬剤師会委員の鈴木康生先生に、関東・東北豪雨による常総水害での医療支援活動を中心に、水害時における薬剤師の役割や対策などについてお話しいただきました。
薬局や職員を水害から守るために
これまでのご経験を踏まえ、今後起こり得る水害への薬局、薬剤師としての対策についてお聞かせいただきたいと思います。
鈴木薬局のハード面に関して、電子薬歴は基本的にバックアップが必須だと思います。クラウド上にバックアップできれば理想的です。加えて、電子データは自前のPCサーバでも持っておいたほうが間違いはないと思います。サーバは2階にあったほうがいいですね。水害はある程度天気予報等で予測がつきますので、しっかりバックアップを取り、安全な場所に保管することが大切です。もちろんデータだけでなく、床下・床上浸水に備え、医薬品の保管場所にも配慮が必要だと思います。当薬局では、仮に床上浸水しても簡単に医薬品が浸水しないように医薬品の置く場所のかさ上げを行いました。ハザードマップの氾濫想定区域には入っていないのですが、以前ゲリラ豪雨に襲われた際に床上8cmまで浸水したことがあったため、10cm以上かさ上げをしています。
また非常用電源(蓄電システム)については、地下設置であっても水害を受けない工夫がされていれば問題ないのですが、一薬局でそこまで対応するのは難しいと思いますので、やはり発電機などを使用するしかないのではないでしょうか。当薬局でも、東日本大震災後に1台導入しました。さらに今は、自分の車をハイブリッド車にして、1,500Wの発電ができる状態にしてありますので、薬局での最低限の電気供給は大丈夫だと考えております。
ソフト面の対策についてはいかがでしょうか?
鈴木水害の場合はハザードマップが非常に役に立ちます。日頃からハザードマップを確認し、水害が起きた場合の避難場所の確保と、勤務先や出勤ルートが浸水区域となる可能性について認識しておくことは必要ですね。当然、誰か一人が考えればいいものではなく、時間的制約はあるものの職員同士で話し合う機会を何度も設けて、全職員で少しずつBCP(事業継続計画)を作り上げていくことで、職員の災害に備える意識レベルも全体的に高まっていくのではないでしょうか。ただ現実として、当薬局でもBCPは作ってあるものの細かなアップデートはできておらず、悩ましく感じています。あとは、災害時の連絡手段の確保として、薬局各店舗からの連絡を私の所属する災害対策支援室と社長に集約する連絡網の体制を整えましたが、こちらも今後、職員だけではなく職員の家族の連絡先も含めた形でアップデートしていきたいと考えております。
それと、これは事前対策ではないのですが、もし薬局が浸水を受け、薬剤が水没してしまった場合でも、罹災証明書を交付してもらっておけば、後日何らかの補償が受けられる場合があります。水没した医薬品を捨てずに証拠として保管しておいたり、その時の状態を写真として残しておけば、補償を受けられる可能性が高まると思いますし、被災状況を示す資料として、次の災害に備える誰かの役に立つかもしれません。そうした災害記録の引き継ぎというものも、大事ではないかと思っております。
医療支援活動は何も特別なことではない
水害の医療支援において、薬剤師が果たす役割はどうあるべきでしょうか?
鈴木災害時の医療支援活動といっても、何か特別なことをしているわけではありません。薬の相談や調剤、公衆衛生や健康相談など、普段の業務で行っていることを被災地内で行っているだけです。水害では消毒方法について説明することが特徴的ですが、普段消毒のやり方を薬局で説明することもあると思いますので、それを別の場所で行うだけということで、特段難しいわけではありません。消毒において大切なのは、汚れを落とし、しっかり乾燥させること、日光に当てることなどです。詳細については厚生労働省のサイトに「被災した家屋での感染症対策」というページがありますので、そちらを参照していただければと思います。
災害に関する研修などは実施されているのでしょうか?
鈴木会社の薬局全店舗のメンバーが集まるわけではないですが、何度か実施したことはあります。最近実施したのは、薬局ではなく取手市の介護職関係の方を対象にしたもので、主に水害対策についてお話しさせていただきました。例えば、水害発生後には緊急輸送路の確保などの目的で、交通規制により一般車両の通行禁止区域が設置されることがあります。取手市ですと国道6号線や294号線は、全面的に通行規制がかかり、大きく迂回することを余儀なくされる可能性が高いと思います。しかし、そうした場合に備え、施設の車両を緊急通行車両として事前届出しておけば、施設の利用者や被災者の方へのアクセスを維持することができます。それ以外では、BCPや、東日本大震災のときの介護老人保健施設(老健)での具体的な対応(主に備品関連)などについてお話ししました。
支援者、受援者いずれの立場にも理解を
支援者、受援者がそれぞれの立場として心がけるべきことは、どのようなことでしょうか?
鈴木支援者として心がけるべきことは、受援者は被災、あるいは疲労している可能性が高いので、そこを理解してあげることです。支援は、準備して支援して帰還し、支援を繋げることで完結します。つまり支援が終わってしまえば解放されます。しかし受援者は、被災しても受援の準備すらできないこともありますので、受援体制構築の支援も必要となるでしょう。また、被災地では支援者が帰還しても次の支援者が来ます。支援されることを有難いと感じ、感謝するとは思いますが、そのために受援者は過酷な状況下で必要以上に頑張りすぎてしまうかもしれません。受援者のこのような状況や気持ちにも気づける支援者であってほしいと思います。
また、支援者を送り出す薬局の薬剤師の先生方には、支援者の疲労や気持ちを汲んであげてほしいと思います。被災地で支援活動に携わりたいと考える薬剤師は、業務に穴をあけず、職場に迷惑をかけないように、どうにかして支援と業務を両立させようと動く人がほとんどだと思います。現実的な対策として、例えばグループ薬局なら会社内で、また単独店舗の薬局なら近隣の薬局同士でといったように、支援活動を行う薬局を外部支援できる何らかのシステムがあってもよいのではないかと考えています。調剤薬局の場合は制度的な問題もあってなかなか難しいのですが、今後は支援者を支援できる方法についても考えていきたいと思います。
一方、受援者は、支援者に遠慮なく頼ってほしいです。被災した薬局は、大勢支援に来てくれたけれど、こんなことを頼んでもいいのかなと遠慮がちになってしまうと思うのです。東日本大震災のときに聞いた話では、「せっかく支援に来てもらっているのだから、通常業務である調剤などではなく、例えば避難所の巡回診療に行ってもらったほうがいいのではないか」などと考えたそうです。そうした部分をもっとオープンにできればいいなと思います。
最後に、今後に向けた提言をお聞かせいただきたいと思います。
鈴木薬局の実務実習生の災害研修会等で機会があればお話しすることなのですが、災害時の医療支援というものはそれほど特別なものではないということを、一般の薬剤師の先生方にも知っていただきたいと思います。災害現場で出てくる特殊な用語や知識、例えば災害特有のCSCA※といった用語や、衛星電話の使い方の知識が必要になる場面もありますが、現場で活動する分には普段やっていることと全く変わりはありません。いつもやっているような調剤業務もあれば、健康相談もあります。現場に出てしまえば薬剤師の先生なら誰しもができるようなことがほとんどだと思います。家庭の事情等で現場に行けない場合もありますが、支援の仕方は様々です。誰かを現場に派遣する支援や、現場にいる支援者の相談にのることも、後方支援として間接的ではありますが被災者に対する支援かと思います。ですので、災害時にはぜひ行動していただきたいと願います。大切なのは被災者に対してどう支援していくか、そして次に支援活動を担う人たちに向けて、どう活動したか、どうすれば活動しやすいかという生きた情報を伝えていくことではないかと思います。
※発災直後の行動指針として、全ての医療者が共通して持つべきコンセプト。メディカル・マネジメントとして、C:Command & Control(指揮と調整)、S:Safety(安全)、C:Communication(通信)、A:Assessment(評価)を確立後、メディカル・サポートとして、T:Triage(トリアージ)、T:Treatment(治療)、T:Transportation(搬送)を実行する。