避難所の感染症予防における薬剤師の役割とは
適切な知識を持って職能を活かす
避難所で薬剤師が活動するために、大切なことは何でしょうか。
高山周囲との連携がとても大切ですね。それから全体を俯瞰して見られること。そのためには、薬剤師が今いるその避難所全体の環境とともに、活動しているスタッフとその活動内容を理解することも求められるでしょう。熊本地震を契機に厚生労働省から各都道府県知事宛に発出された通知1)では、災害時の医療体制について、避難所の管理やサーベイランス、診療時のカルテなどが事細かく記載されており、現在の日本の災害時における医療活動の基本となりました。避難所運営に関しては、内閣府から発出された「避難所運営ガイドライン」2)が指針となります。また、災害の影響を受けた人は尊厳ある生活を営む権利、支援を受ける権利があり、災害による苦痛を軽減するために実行可能なあらゆる手段が尽くされなくてはならないという理念のもと設けられた国際基準の「スフィア基準」3)は、避難所における生活の質を担保する上で薬剤師も是非参考にすべきでしょう。さらには、感染対策において専門的なスキルを有した医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師が集まる一般社団法人日本環境感染学会には災害時感染制御検討委員会が設置されており、「大規模自然災害被災地における感染制御マネージメントの手引き」4)が公表されているとともに、災害時感染制御支援チーム(Disaster Infection Control Team:DICT)が組織されており、避難所を含めた被災地全体の感染対策支援活動において薬剤師もその一端を担っています。このように、避難所の感染症予防には様々な仕組みができているので、それらを理解しつつ、しっかりと連携して薬剤師の役割を果たしていく必要があると思います。
被災地における感染症の情報はどのように管理されるのでしょうか。
高山感染症の情報は、それぞれの避難所だけでなく、被災地全体で管理していくことが重要です。避難所におけるサーベイランスは主に保健師が担当しています。保健師は日本公衆衛生協会および全国保健師長会によるマニュアル5)に則って活動しており、本マニュアルにはトイレ管理や手指消毒など詳細に記載されています。一方で、平時の医療機関における感染症サーベイランスを被災地全体でも行えるよう、医療チームや救護班、災害医療派遣チーム(Disaster Medical Assistance Team:DMAT)などによる診療情報に基づいた症候群サーベイランスの活用が進められています。保健師を中心として実施される避難所サーベイランスとこの症候群サーベイランスの情報を日々集約して、被災地全体における疾患や感染症の動向を掌握しているのです。現在、本邦で活用されている症候群サーベイランスはJ-SPEED6)(災害時診療概況報告システム:Japan-Surveillance in Post Extreme Emergencies and Disasters)です。J-SPEEDは、フィリピン国保健省とWHOが共同開発しフィリピン台風時に運用されていたSPEEDを日本版に改良したシステムであり、発熱や下痢、嘔吐など被災地全体の感染症に関する情報も集約され、この情報を用いると早期から感染症対策の介入が可能となります。保健師が担っている避難所サーベイランスは記録様式が統一化されてはいるものの十分なシステム化はなされておらず、保健師にとっては大きな負担となります。薬剤師が協力することにより保健師の負担軽減となるとともに、薬剤師としての専門的な見地からサーベイランス情報を補完することで、避難所管理の質的向上が得られるものと考えています。
保健師の避難所情報(日報)
災害時診療概況報告システム J-SPEED2018 診療日報
その他、薬剤師の役割としてどのようなものがあるでしょうか。
高山避難所における薬剤師の役割には大きく2つのアプローチがあると考えています。1つは、医師、薬剤師、看護師、保健師など職種に関係ない共通のアプローチです。避難所における標準予防策と感染経路別予防策の実践や手指衛生、咳エチケット、さらには避難所への土足禁止などについて啓発するのは特定の職種の役割ではなく、運営側の全員で行っていく必要があるでしょう。そしてもう1つが薬剤師の専門的な知識を活かすアプローチです。例えば、学校薬剤師は平時から教室の換気や給食の衛生管理、水道水の塩素濃度の計測など学校全体の衛生管理を行っています。この学校内の環境は避難所の生活環境と多々重なるものでもあり、学校薬剤師としての視点は避難所においても大変有用です。つまり、薬剤師の平時の活動を避難所の中で活かすことができるのです。また、薬剤師の役割として真っ先に挙げられるのは医薬品の管理です。避難所における消毒の管理は重要ですが、薬剤師だけが担うわけではありません。衛生管理や保健衛生を担当する保健師やいち早く被災地に入るDMATなどとの連携、さらには避難所全体、あるいは被災地全体の保健医療を管理する保健医療調整本部との情報共有も大切となります。感染対策の専門家である、もともと被災地域で活動している感染対策ネットワークのスタッフも消毒管理に携わることでしょう。皆が協力して整備を進めていく必要があります。それでは、消毒薬の管理における薬剤師の役割は何でしょうか。消毒薬も医薬品であり、その適正使用の実践を薬剤師がサポートすることが大切なのではないでしょうか。消毒の三要素である濃度・温度・時間の確認、消毒水準の選択とその水準に合った消毒薬の選択と利用、そして継続的な運用です。薬剤師の役割は患者さんに薬剤を渡して終わりではなく、その後のアドヒアランス、服用後の患者さんの状態などのすべてをフォローする必要があります。それと同様に、避難所運営側による消毒薬の管理がしっかりとなされているかを継続的にフォローしていくことが大切ではないでしょうか。感染対策は実践して初めて感染を防ぐことができるのですから。
また、避難所における薬剤師によるトリアージも期待されるところではないでしょうか。普段、体調不良を感じた患者さんは気軽に薬局やドラッグストアを訪れOTC医薬品を購入しますが、避難所でも同じ環境となります。避難所には救護所があり医師が診察しますが、薬剤師が担当する薬剤供給エリアも設置され、昨今の大規模災害においてはOTC医薬品も配備され、避難者が普段利用する薬局のように気軽に訪れて健康相談したりOTC医薬品を渡したりする場面を目にします。感染症、例えば風邪様症状の避難者の方が来たときに単なる風邪と判断してOTC医薬品を渡すのか、それとも新型コロナウイルス感染症あるいはインフルエンザ感染症の可能性を考慮して救護所と連携しながら対応するかは感染対策上大変重要であり、平時から感染対策の考え方について理解しておく必要があるかと思います。また、東日本大震災以降、一定条件下においては診療なしにお薬手帳などで服用薬剤の確認ができれば薬を渡すことが可能となりました。それはもちろん厚労省からの事務連絡が発出された後からなのですが。その際は、薬剤師が患者さんに対してしっかりとフィジカルアセスメントを行うことが大切ですね。生活者に最も身近で最も敷居が低い医療従事者は薬剤師だと思うのです。「お医者さん」にはちょっと敷居が高く感じる人は多く、避難所でもそういった状況かもしれません。普段から私たちが患者さんと接している身近な感覚が避難所でも活きてくるんだと感じています。
災害時の感染対策は平時の延長線、地域とのコミュニケーションが重要
最後に、今後、被災地で感染症対策に携わる薬剤師への提言をいただけますか。
高山災害時における感染対策は平時の延長線上であり、平時からの取り組みが重要です。それは「標準予防策」と「感染経路別予防策」であり、手指衛生が基本中の基本となります。一方で、避難所における活動は平時の延長線上であるものの、俯瞰して運営全体を見て他の職種と連携をとることが求められます。避難所は自治体が運営しており、平時の生活環境のコミュニティが単に場所を変えただけであるともとれます。したがって、地元の薬剤師が平時からお薬手帳の携帯や手洗いなどの啓発・教育を行い、患者さんとコミュニケーションをとっていれば、避難所におけるコミュニティにもそのまま入ることができるでしょう。そして、地元の薬剤師がコミュニティ内で適切に活動していれば、医療支援チームとして外部から薬剤師がきたときもコミュニティに入りやすくなり、連携して受援することが可能になります。
災害はどこで起こるか分かりません。薬剤師一人ひとりが各地域で平時からコミュニティに入り、災害時のことも念頭に置きながら活動していくべきでしょう。そして、災害時には受援と支援が重要です。過去の大規模災害や今回の新型コロナウイルス感染症などにより支援体制は整いつつあるため、受援体制を平時から整えていくことが重要です。平時にやっていないことを有事に行うことは困難を極めます。消毒に限らず、感染対策は平時でも災害時でもとても大切です。この新型コロナウイルス禍が去ったとしても、日頃の業務において常に感染対策を意識し、実践し続けてほしいと切に思います。次に来るであろう有事のためにも。