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災害時とがん患者 〜薬剤師の視点から〜 将来の災害を見据えて、平時から情報連携の仕組みづくりを始めることが重要

インタビュー

更新日:2020.11.24

第2回目の今回は、災害時においてもがん患者さんへのケアをできるだけ維持するために、薬剤師は普段からどのようなことを心がけるべきかについて、東北大学病院薬剤部部長 眞野成康先生に、東日本大震災でのご経験を交えてお話しいただきました。

連携ツールなどを用いた平時からの情報共有が不可欠

東日本大震災のケースを見ますと、今後も大きな災害などによってがん患者さんが一時的に治療を継続しづらくなる事態も想定されますが、災害に備えるという意味で、平時から薬剤師が心がけておくことはありますでしょうか?

眞野平時にできることで一番大切なことは、やはり連携だと思います。病院と保険薬局の連携でも、病院同士の連携でも、患者さんが現在どのような治療を受けていて、どのような状態にあるのかという情報をいかにして共有していくかが重要となります。東日本大震災が起きた2011年に、当院ではがん患者さん用の治療手帳(図)を作成しました。私たちは「がんの治療手帳」と呼んでおり、使用するのは外来患者さんが中心ですが、10年近く使用しています。

がん患者さん用の治療手帳
がん患者さん用の治療手帳

 この治療手帳には患者さんが受けている治療内容、レジメン名や抗がん薬、用法・用量などを薬剤師が詳しく記入できるようになっています。患者さんは手帳を持って保険薬局へ行き、経口抗がん薬などを受け取ってご自宅で治療を継続することになりますが、療養中に副作用が発現した場合は、例えば食欲がないとか、吐き気があるとか、熱が何度あるとか、血圧はいくらかとか、その詳細を患者さん自身が手帳に記入できるようになっています。
 この手帳を患者さんが携帯していれば、保険薬局の薬剤師は治療内容も副作用の発現状況も分かるので、患者指導を行う際の参考になると思いますし、副作用が強く出ていて服薬遵守できていない場合は、当院へトレーシングレポートで連絡していただければ適切に対処できます。また患者さんが、がん以外の疾患を患っておられて、近隣の他の病院を受診されている場合でも、その病院で手帳を見せていただければ、状況は簡単に把握できます。このようなツールを使って患者さんを中心に医師、看護師、病院薬剤師、保険薬局薬剤師も含めて情報連携ができていれば、たとえ災害などにより当院でがん治療が突然できなくなったとしても、他の病院で治療を継続できるかもしれません。そのためにも情報連携の仕組みを作ることは非常に重要だと思います。

※トレーシングレポート(服薬情報提供書)とは、保険薬局の薬剤師が患者さんから得た情報(アドヒアランス、残薬の状況、OTCや健康食品の服用など)を処方医に伝える文書。薬局薬剤師が「緊急性は低いものの、処方医師へ情報提供した方が望ましい」と判断した場合に用いる。

治療手帳の副作用チェック表
治療手帳の副作用チェック表

 ただ患者さんの中には、治療手帳の記入や携帯はしていても、それが医療関係者に見せるものであるという認識が乏しい方もおられるので、患者さんに対する教育をより強化する必要があると感じています。情報連携の仕組みを作ることに加えて、その仕組みを生かすために患者さんの教育をきちんとするのも非常に大事なことだと思います。
 情報連携ツールは、特に保険薬局との連携という意味では、がんだけでなく他のどんな疾患に関しても必要ですので、将来的には「がんの治療手帳」ではなく汎用性のある「治療手帳」にすることも考えています。このように通常のお薬手帳よりも内容の充実した手帳ベースの連携ツールを独自に作成して使っている医療機関は、全国各地に結構あると思います。

連携はICTネットワークの活用なども視野に入れて

平時からツールなどを用いて、情報連携の仕組みを築いておくことが大切なのですね。

眞野本当は電子的な医療情報ネットワーク基盤がきちんと整備されていて、いつでもそれを活用できるという環境があれば最良なのですが、日本は諸外国と比べてICTインフラの整備・利用が遅れており、情報ネットワークを用いた連携もあまり進んでいません。「みやぎ医療福祉情報ネットワーク(MMWIN)」についても、十分な患者データの登録がなされていれば、手帳などのツールがなくても医療機関同士で情報のやりとりが可能なはずですが、実際はまだ宮城県内で18万人程度の患者さんしか登録されておらず、十分とは言えません。そのため、平時からできることとして、まずはアナログの情報連携ツールを使って、患者さんを中心にした連携を強化していく必要があると思います。
 もちろん、情報連携はツールだけのことではなく、日頃の保険薬局等との連携も大切です。がん患者さんに限定せず、普段から様々な情報のやりとりをきちんとしておくことが大事だと思います。本当は電子的にすべての情報を共有できれば簡単なのですが、個人情報保護の観点から簡単ではなく、いまだにファックスなどに依存しているという状況もあります。そのため、今後どうやって安全性を担保しつつ電子的に患者情報をやり取りしていくかについては、近隣の薬局の方々とも相談しているところです。

災害時には、病院や保険薬局から患者さんに連絡をとる、逆に患者さんから病院や保険薬局に連絡する、病院と保険薬局が連絡をとって情報をやりとりするなど、「連絡」が1つのキーワードになりますが、連絡先や情報伝達の確保について何か工夫はされていますでしょうか?

眞野がん患者さんから連絡される場合ですと、先述の「がんの治療手帳」に病院の緊急連絡先やかかりつけ薬局の連絡先を記入する欄がありますので、何かあった場合には連絡可能です。また、当院の処方箋、特にがん患者さんの処方箋を応需してフォローアップしている保険薬局がレジメン情報を確認したいという場合は、当院の薬剤部のホームページでレジメン(内服抗がん薬プロトコール情報)を公開しておりますので、当院薬剤部で発行しているIDとパスワードを用いて閲覧していただけます。

薬機法改正により促進される病薬連携:研修の実施とその意義

いざ災害が起きたときに、がん患者さんへどのように対応していくかに関して、保険薬局の薬剤師さんを対象にした研修などは行っておられますか?

眞野2019年の薬機法(医薬品医療機器等法)改正では、特定の機能を有する薬局の認定・表示制度が導入されました。高度薬学管理機能としての「専門医療機関連携薬局」およびかかりつけ薬剤師・薬局機能としての「地域連携薬局」です。また、本年度の診療報酬改定では新たに、質の高い外来がん化学療法の評価として病院薬剤部に対する「連携充実加算」が、がん患者に対する薬局での薬学的管理等の評価として保険薬局に対する「薬剤服用歴管理指導料 特定薬剤管理指導加算2」が提示されました。こうした変化を踏まえ、当院では2020年9月から「連携充実加算」の算定を開始しています。病院の薬剤部は、連携を強化するために必要な保険薬局向けの研修の機会をどんどん提供すべきだと考えています。一方、保険薬局のほうでも病院との連携を強めたり、研修を受けようという薬剤師が増えたりしてくると思います。
 保険薬局の薬剤師を対象とした研修は、当院では数年前から実施しています。一番軽めの研修は週に1回、合計5回(5日間)というプログラムで、曜日は受講者の都合で自由に選択できるようにしています。研修内容についても相談に応じるようにしており、がん患者さんの治療を中心に研修を受けたいということであればそれに見合った研修を提供しますし、別の例えば生活習慣病を中心にしたいということであれば、それに対応するようにしています。また前述の研修とは別に、現在、当院では宮城県と協力し、「専門医療機関連携薬局」や「地域連携薬局」に関連した薬剤師の知識・スキルの底上げを目的とする研修プログラムを作成中です。12回程度のプログラムで、「専門医療機関連携薬局」の認定を目指しているような保険薬局であれば、カンファレンスに参加していただいたり、病棟のがん患者さんの指導に一緒に立ち会っていただいたりといった内容も含んでいます。こうした研修を普段から受けておけば、たとえ災害が起こった場合でもどう対応すべきかを的確に判断できると思いますので、やはり平時の研修は非常に大切です。

おわりに

ありがとうございます。今回のお話で、何よりも情報連携というものが平時でも非常時でも重要になってくるということが、よく理解できました。

眞野東日本大震災の際に津波でお薬手帳が流されてしまった患者さんは、飲んでいたお薬が分からなくなってしまったりして苦労されたと思います。そういう意味では、お薬手帳などの情報は非常に大事だと思います。電子カルテの情報もそうですが、残っているのと残っていないのとでは大違いです。「みやぎ医療福祉情報ネットワーク(MMWIN)」にしても一番の目的は連携ですが、もう1つはカルテ情報の保管ということになっています。東日本大震災の際には当院の電子カルテは失われませんでしたが、保管していた血液検体や病理検体などは停電の影響で廃棄せざるを得ませんでした。そうした教訓から、未来型医療の構築を通した震災復興を目的として2012年に設置された「東北メディカル・メガバンク機構」では、ミッションの1つとしてバイオバンク事業(生体試料の収集、保管から利活用まで)を行っています。
 東日本大震災というのは本当に大きな被害をもたらした悲惨な災害であったわけですが、振り返ってみますと、そうした被害を通して我々医療関係者の体制や対応など、考えの足りない部分を余すところなく突き付けてくれたような気もしています。

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