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医薬品流通を支える医薬品卸に聞く 医薬品卸の目でみた災害 〜東日本大震災時における医薬品卸の対応〜

インタビュー

2022.01.31

医薬品卸である株式会社バイタルネットは、”命と健康を守るために何をするべきかを最優先で考えて行動する”という意識のもとで、東日本大震災の甚大な被害のなかでも必要とされる医薬品の確保に奔走しました。災害時に石巻赤十字病院をご担当されていた宮東氏に、当時の取り組みと、震災を契機として、変わりゆく医薬品卸の姿をお聞きしました。

あらゆる想定をも超えた東日本大震災の現実

東日本大震災の被災当時、バイタルネットでは、どのように対応されていたのでしょうか。

宮東東日本大震災以前にも、宮城県をはじめとする東北地方では、地震や豪雨による水害なども多く、なんらかの発災の都度、地域の被害状況などもいち早く確認し、状況に応じて臨機応変に対応していました。
 しかし、東日本大震災は、そうした平時からの取り組みや想定を凌駕する規模の災害であったことから、全ての面において対応が困難を極めた状況でした。問題であったのは、やはりライフラインの寸断による流通や通信の制限であり、社内においても、夜間は懐中電灯を天井面に立てて明かりを取りつつ、ラジオを活用して情報はなるべく早く正確に把握し、昼夜を問わず適切な行動がとれる体制を整えていました。医薬品の調達やお届けは最優先に対応していましたが、得意先へ赴き、手書きで発注書をいただいて、物流センターから必要な医薬品を携えてお届けするような状況であり、私たち自身の危険も回避しながら、そのほとんどを人の力だけで行っていました。
 被災患者さんのなかには、津波等によりお薬手帳をなくされてしまっている方もいらっしゃいましたし、電子カルテ等の情報を損失していることもありました。その場合は、お薬の特徴や剤形の確認をとりながら対応することもあったようです。

株式会社バイタルネット 東京支店 八王子出張所|宮東嘉彦氏

 東日本大震災の発災当時、私は石巻赤十字病院を担当していました。当時の薬剤部長は、宮城県沖地震から30年前後で同規模の地震の発災を予測されており、「震度5以上の地震が発生したら、病院に来てほしい」という約束をしていました。そのこともあり、東日本大震災の発災時には、揺れがおさまって5分以内にはまず石巻赤十字病院へ向かいました。バイタルネットの倉庫にある医薬品を可能な限り届けてほしいとのことでしたので、医薬品の選択等の判断はある程度おまかせいただき、輸液関係と抗生剤、湿布、外用剤などを、即時、お届けいたしました。
 平時から、私自身も医療機関とのお取引やコミュニケーションを通じておのずと災害に対する意識づけがされており、発災当時はこの約束にも背中を押されることになりました。
 また、私たち自身も被災した側ではあったものの、迅速な本社からの増援、無事でいてくれた家族の協力もありながら、困っている患者さんたちのために医薬品をお届けすることに邁進することができました。

電力の不通時には手書きの発注書も活用して、迅速な医薬品の供給に対応した。電力の不通時には手書きの発注書も活用して、迅速な医薬品の供給に対応した。

緊急車両として車道を利用する必要もあり、証明書を発行してもらいながらの移動を余儀なくされた。緊急車両として車道を利用する必要もあり、証明書を発行してもらいながらの移動を余儀なくされた。

東日本大震災を契機に変化しつつある医薬品卸

東日本大震災以降、バイタルネットではどのようなことに取り組まれていますか。

宮東東日本大震災以降におこなった取り組みとしては、まず、宮城物流センターの開設があげられます。東日本大震災当時は、名取物流センターが物流の主な拠点であり、また、災害対策本部を設けた地でもありました。災害時には、食料品や乾電池などの消耗品も含め、後日、支援で届けていただいた物資を集約・管理する拠点として前線を支えていましたが、立地を見直しつつ災害時の医薬品供給体制もより強化する必要があり、東日本大震災以降の2014年より新たな災害時の拠点として稼働しています。
 当然ながら、BCP【事業継続計画(Business Continuity Plan)】を見直しつつ、医療圏ごとの災害対策マニュアルも各支店の裁量により策定し、これまで以上にしっかりと現場まで浸透させて意識・ノウハウの共有を図るなど、いかなる状況であっても医薬品卸としての活動は止めないことを前提として体制強化しています。
 一方で、自治体や自衛隊とも医薬品供給協定・災害時協力協定を締結し、災害時の医薬品の流通をより円滑にすべく、取り組みをすすめています。

災害対策の面で、医薬品卸としての役割はどのように変化しているのでしょうか。

宮東たとえば災害訓練は、医療機関や自治体などにより定期的に実施されてはいましたが、規模としては院内だけにとどまっていたという現状もありました。私の担当していた石巻赤十字病院では医師、薬剤師だけにとどまらず、地域の薬剤師会、自衛隊や警察、消防も参加するかたちをとっていましたので、東日本大震災以降には、医薬品卸としても、はじめて参加させていただくこととしました。
 そこでは、複数の医薬品卸各社が事前に打ち合わせをして、衛星電話での要請に応じて医薬品を届けるという想定のもとに訓練していましたが、配送中の道路状況や、浸水、崖崩れなどの状況報告も求められており、単に医薬品をお届けするだけではなく、地域の状況を把握し、共有することもひとつの役割となっていました。
 そうしたことを経て、現在、私は東京都多摩地域を管轄とする八王子出張所で勤務しております。ここでも常に医薬品の流通の面で必要な情報は医療圏ごとにファイリングするようにしていますが、拠点病院の情報の他にもハザードマップや各医療機関の備蓄状況、疾患ごとの患者さんの災害時の行動予測など、医療圏におかれた医療機関ごとの実情を、より確実に把握しておく必要性を感じています。今後、もし災害に見舞われるような事態となった場合は、それらの情報を最大限に活用して地域の医療を支えていくことも、医薬品卸の役割であると考えています。

全営業用車両に飲料水や、ヘルメット、簡易的な救急セットなどの防災用品を常備し、日常業務のなかでも災害に備えている。全営業用車両に飲料水や、ヘルメット、簡易的な救急セットなどの防災用品を常備し、日常業務のなかでも災害に備えている。

石巻赤十字病院(宮城県)における大規模災害訓練の模様。2014年11月撮影。石巻赤十字病院(宮城県)における大規模災害訓練の模様。2014年11月撮影。

災害に対して医療従事者が意識すべき役割と備え

有事の際の医療従事者の連携や役割について、どうお考えでしょうか。

宮東まず医薬品の備蓄ですが、私たちが駆けつけるまでの間に患者さんを守ることのできる最低限の範囲でも結構ですので、しっかりと確保いただきたいと思います。患者さんに多くみられる疾患の傾向や、災害時に必要になると予測される医薬品の情報は把握されていることと思いますので、そうした情報に即した備蓄であることが望ましいと思います。
 また、現在はさまざまなかたちで災害訓練の機会もありますので、医療に携わる立場として積極的にご参加いただき、より深く学び、災害に対する意識をもっていただくことも大切だと考えます。
 大規模な災害発生時には、DMAT【災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team)】などの指揮のもとで、各々の役割をしっかり果たしていくことが求められます。医師だけではなく、薬剤師と私たち医薬品卸が連携・協力していく場面も少なからずあると思いますが、そのためにも、医薬品卸という業態をよりご理解いただきたいと考えています。
 どのような状況下であっても医薬品を迅速にお届けすることを医薬品卸は最優先してはおりますが、医薬品を発注いただいて、通常は製薬会社への依頼も含めて少なくとも2~3日を要することとなります。そういった医薬品の流通そのものを医療従事者にもご理解・ご体感いただければ、必要とされる患者さんへの医薬品のお届けをより円滑にする一助にもなると考え、若手の薬剤師向けセミナーとして、バイタルネットの倉庫見学などを通じて医薬品卸の本来の活動を知っていただける機会を設けていました。東日本大震災の際に石巻赤十字病院との約束で私自身が災害に対する意識を持つことができたのと同じように、こうした日常の機会を災害時に備えた意識づくりの場としてもご活用いただき、有事の際にはお役立ていただきたいと思います。

医薬品卸の協業なども含めて、将来的なお考えをお聞かせください。

宮東複数の医薬品卸が協業により対応してきた例は、東日本大震災被災時、担当していた病院の医療圏や地域ではみられなかったと思います。被災時にもすべての医薬品卸が機能できていたならば協業による対応も可能であったと思いますが、他の医薬品卸は津波の被害が甚大であったため、1ヵ月程度はバイタルネット1社での対応を余儀なくされていた状況でした。
 現在、八王子出張所の管轄である東京都多摩地域や神奈川県相模原市において、当社では限られた人数で対応しており、担当している二次医療圏も広いことから、東日本大震災時のように1社での対応は困難であることが予測されます。他社においては配送拠点の数も異なりますので、必ずしも同様の状況ではないと思いますが、各社とも災害時を見据えて取り組んでいるものと思います。平時であれば、個別に取り組んでいる医薬品卸が、有事の際には協業により災害時の対応をおこなっていくことも必要なことであり、そうした取り組みこそが地域の医療を支えていくうえでも求められているものと考えています。

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