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実践!BCP作成|公益社団法人 大分県薬剤師会 理事|伊藤 裕子 先生

インタビュー

更新日:2024.03.14

伊藤 裕子 先生
公益社団法人 大分県薬剤師会 理事 伊藤 裕子先生

 医療現場では災害時にも待ったなしの対応を求められることがありますが、非常時に業務を継続するための計画書として、BCP【事業継続計画(Business Continuity Plan)】を作成しておけば、そうした場面においてもより適切な行動を促すことができます。大分県は災害対策に熱心に取り組んでいることで知られていますが、今回、大分県薬剤師会 理事の伊藤 裕子先生に、薬局におけるBCP作成の意義や効果、実際のBCPの作成方法などについてお話しいただきました。

災害対策としてのBCP作成の意義とは

災害対策の指針として、災害対策マニュアルとBCPがありますが、どう違うのでしょうか。

伊藤裕子 先生

伊藤通常、災害対策マニュアルは、災害により被る直接的な被害に焦点を当てて、災害を回避するための対策、あるいは災害が起こった際の対策を中心として定めたものです。一方、BCPはそれらの大前提に加えて、停電や断水などによる外部インフラの断絶や、交通機関の停止による物流の停滞、感染症の蔓延といった、災害から派生するすべての事態について検証し、そうした事態に陥った場合にはどうするか、業務を継続するためにどのように対応すべきかを包括的に定めています。

BCPを作成する意義として、どのようなものがあるのでしょうか。

台風18号(2017年)の際には薬局内が浸水し、薬袋までもが使用できない状況もみられた。伊藤裕子 先生 ご提供
台風18号(2017年)の際には薬局内が浸水し、薬袋までもが使用できない状況もみられた。
伊藤裕子 先生 ご提供

伊藤自然災害はある程度の予測ができる場合もあるものの、ほとんどの場合は突発的に起こるものであり、被災時には不測の事態が生じることが考えられます。薬局においても、浸水や停電により分包機やプリンターが使えなくなったり、何らかの支援が必要になったりなど、様々な困難に直面する可能性があり、そうした不測の事態が発生しても、重要な業務を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順などを示した計画がBCPです。このBCPを作成し、それぞれの事態にどう対応すべきかを予め定めておくことで、被災時においてもやるべきことが明確になりスムーズに行動できると考えられます。

大分県薬剤師会における災害対策の取り組みとBCP作成

大分県薬剤師会によるBCP作成の経緯、取り組みはどういったものでしょうか。

伊藤九州地方は九州北部豪雨(2017年発災)のように風水害が比較的多発する地域でもあり、山口県、沖縄県合同の「九州山口薬学大会」において、毎年、災害対策協議会を開催しています。その中で九州各県のお互いの取り組みを確認し合ったり、他県共同での防災訓練を検討したりもしています。また、大分県薬剤師会としても、大分県で実施する防災訓練など、自治体との共同活動には積極的に参加しています。
 特に大分県は、南海トラフの巨大地震が発生した場合には相応の被害が予想される防災対策推進地域であり、かねてから災害対策が積極的に行われてきました。そうした中で、2012年に「大分県薬剤師会 災害対策マニュアル」1)を作成したのですが、その際に発足した災害対策マニュアル作成委員会を2013年に災害対策委員会へと改め、本格的な災害対策活動を開始しました。そして、この災害対策委員会の活動の一環として、折しも熊本地震(2016年発災)の前年である2015 年に「大分県薬剤師会 業務継続計画(災害対策BCP)」を作成しています。これらの取り組みもあり、2023年時点では、大分県薬剤師会会員が所属する薬局において、BCPを作成済みあるいは作成(改訂)中である割合は約7割に上っています(図1)。

図1 大分県薬剤師会会員所属の医療機関におけるBCP策定状況
大分県薬剤師会によるアンケート調査

「大分県薬剤師会 災害対策BCP」を作成した際の手順、およびその特徴をご紹介ください。

伊藤「大分県薬剤師会 業務継続計画(災害対策BCP)」は、東京都保健医療局による「医療機関の事業継続計画(BCP)策定ガイドライン」2)を参考に作成しました。BCP作成の際には、各業務に優先順位をつけて、それぞれの業務について想定される事態、予防策、判断すべき事項、目標とするサービスレベル等を様々に検証した上で項目を設定していきますが、すべての業務についてそれらを網羅するとかなりの分量になります。
 そこで大分県薬剤師会では、さらにこれを薬局が簡単にBCPを作成していく上での簡易版のひな型としてご活用いただけるよう「薬局業務継続計画(震災編)薬局震災BCP」として改めて作成しました。この中では、1業務につき、1枚の様式で評価と対策を記載する形式を採用しています。BCPでは発災後の経過時間に応じて目標とするサービスレベルを設定しますが、この様式を埋めておけば、発災後3・6・12・24・27時間後、1週間後、1ヵ月後それぞれにおける目標とするサービスレベルを、一目で確認することができます(図2)。
 またこの簡易版では、穴埋め式の文章も採用しており、各薬局の状況に応じて具体的にシミュレートしながら様式や文章を埋めていくことで、それぞれの薬局に適したBCPを簡単に作成することができ、こうしたひな型もご活用いただきながら薬局でのBCPの作成をすすめていくことを推奨しています。

図2 様式 例(業務:軽量調剤)
「薬局業務継続計画(震災編)薬局震災BCP」一部抜粋

BCPの作成により、地域の災害対策として変化はあるのでしょうか。

伊藤2023年に大分県薬剤師会の会員が所属する施設を対象に実施したアンケート調査では、避難場所等をスタッフ全員が把握している割合は、BCP作成中の薬局では43.8%、作成予定のない薬局では44.4%であったのに対し、BCP作成済みの薬局では85.3%に上りました(図3)。また、災害時におけるスタッフの参集可否について、スタッフ全員が把握している割合は、BCP作成中の薬局では40.0%、作成予定のない薬局では43.1%であったのに対し、BCP作成済みの薬局では50.7%に上りました(図4)。
 災害時にBCPが役立つという直接的な効果はもちろんですが、BCPを作成したことで薬局スタッフの災害に対する意識が高まるという効果もあり、防災について改めて考え、認識を深めるきっかけにもなっているようです。

図3 薬局スタッフが避難場所等を把握している割合:BCP作成状況による比較
大分県薬剤師会によるアンケート調査
図4 薬局スタッフが参集可否を把握している場合:BCP作成状況による比較
大分県薬剤師会によるアンケート調査

まずは被災時をイメージすること―BCPはそこから始められる

これからBCP作成に取り組む薬局は、どう着手するのが望ましいのでしょうか。

台風18号(2017年)の際には薬局内が浸水し、薬袋までもが使用できない状況もみられた。伊藤裕子 先生 ご提供

伊藤ゼロからBCPを作成するのは大変ですので、今回ご紹介した大分県薬剤師会で薬局でのBCP作成のひな型として推奨している「薬局業務継続計画(震災編)薬局震災BCP」のように何らかのひな型があれば、それを利用するのも一案です。また作成に取り組む際には、まずは災害をイメージして、自分自身が直面したらどうするか?どうすべきか?という視点から、災害を自分事として捉えてみてください。その上で、薬局の防災の備品を見直してみたり、災害をイメージする中で想定される様々な場面についてシミュレートしてみたりすると、BCP作成への足掛かりができてくると思われます。例えば、“停電により分包機やプリンターが使えなくなったらどうするか”と考えてみてください。これだけでも、“自家発電装置を起動させるべきか”、“錠剤のみを処方してもらうべきか”、“手折りの薬包紙で対応すべきか”、“薬袋を手書きすべきか”など、行動の選択肢が思い浮かびますが、それとともに、では“薬包紙の包み方や薬袋を手書きする練習をしておく必要があるのではないか”などの課題も見えてくると思います。BCP作成にすぐに着手できない場合も、そうした課題の中から興味を持てるものや取り組みやすいものを見つけて、そこから始めてみることが、BCP作成に取り組む第一歩につながると考えます。

BCP作成において、注意点などはありますか。

伊藤BCP作成の第一歩は、出来ることから始めて、簡易的なBCPをとりあえず作ってみるという形でも良いと思います。ただし、災害の種類や程度、影響などには地域差があることが多く、北部と南部、都心部とへき地・離島などでは状況が大きく異なることもあります。ひな型を利用して作成する場合にも、出来上がったBCPがその地域に即したものになっているか、確認するようにしてください。また、BCPは作成したら終わりではなく、例えば防災訓練を実際に行って、そこでBCPが役立つ場面を想定してみたり、BCPに不備がないか検討してみたりするなど、その妥当性を随時検証することも重要です。そうした中で、職員が増えたとき、行政などが地域防災計画を見直したタイミングなどで、時折見直して改訂し、より適した内容へと作り変えていっていただければと思います。

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