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緊急企画 -感染対策における薬剤師の果たすべき役割- 災害時における衛生管理 災害時における感染症、消毒・滅菌の基礎知識

インタビュー

更新日:2020.08.18

災害時における感染症の基礎知識

しっかりと対策を行えば、多くの感染症は防ぐことが可能

被災地ではどのような感染症が問題になりますか。

高山災害時には、様々な環境変化が生じることで感染症のリスクが高まることから、過去の災害において様々な感染症事例が報告されています。被災地における感染症としては創部感染症、呼吸器感染症、尿路感染症、消化器感染症が代表格であり、その他、季節等によりウイルス感染症もみられます。
 まず、発災初期の急性期より外傷による創部感染症が発生します。災害時における創部感染症で注意が必要なのは破傷風であり、ワクチン未接種の成人も多いため非常にリスクが高まります。破傷風は急性期以降においても瓦礫の処理などによる外傷で発症する場合があるため、災害時には長期にわたり継続して対応する必要があります。そして急性期以降には、生活環境の大きな変化により、様々な感染症が発生します。避難所では、平時と異なる集団生活が続き、トイレや居住スペースなどの衛生環境や、手洗い環境の悪化などにより感染が発生しやすく広がりやすい環境となり、避難所特有の感染症のアウトブレイクもみられます。避難所では平時より生活者が密集して過ごすため、季節によってはインフルエンザや新型コロナウイルスなどの飛沫感染を伝播経路とする呼吸器感染症の発症リスクが高まります。
 また、避難所のトイレ環境が悪いと、トイレを我慢してしまうとともに、トイレの回数を減らすために水分補給を控えるなどにより尿路感染症の発症頻度が高くなる可能性があります。

災害時に問題となる感染症と発症リスク増加の要因
感染症 リスク増加の要因
レジオネラ肺炎 水害、粉塵、土壌汚染
インフルエンザ 季節、集団生活
感染性胃腸炎 手洗い環境、トイレ環境、食品提供(食事)、集団生活
誤嚥性肺炎 高齢者集団、食事の変化、口腔内環境、臥床時間の延長
尿路感染症 水分摂取量減少、トイレ環境悪化、高齢者ADL低下、入浴頻度減
麻疹、風疹、水痘、ムンプス 集団生活、支援者による持込
破傷風 外傷

被災地での感染症対策として、特に留意することはありますか。

高山被災地における感染症も病院における感染症と基本は同じで、結局は感染の基礎を考慮することが大切です。そもそも感染とは「病原微生物」、「感染経路」、「宿主」の3つの要素により成立し、これらの1つでも途絶すれば感染症は発生しません。この感染の原理原則を認識した上で、対策を講じる必要があります。すなわち、被災地に存在し原因となり得る病原微生物は何なのか、その病原微生物は避難者においてどう伝播していくのか、そして宿主である避難者の体調はどうなのか、という3つのアプローチから感染対策を検討します。
 避難所は高齢者が非常に多いことも特徴であり、高齢者に多い肺炎の発症頻度も高まります。多いのが誤嚥性肺炎で、避難所における食事の変化、口腔ケア不足による口腔内環境の悪化、臥床時間の延長などが影響します。また、津波や粉塵によるレジオネラ肺炎にも注意が必要です。レジオネラ肺炎の要因としては津波の水がイメージされるかもしれませんが、水害後に乾燥して発生した粉塵を吸引して発症することもあるため、汚水による肺炎は津波特有ではなく水害でも共通していることを認識すべきでしょう。
 ただ、しっかりと対策を行えば、多くの感染症は防ぐことができます。平時から感染症に対する対策を考え、災害に備えることが大切です。

災害時に役立つ、消毒・滅菌の基礎知識

平時からの基本的な知識、スキルの向上が重要

被災地における薬剤師の大きな役割のひとつとして、「消毒」がありますが、どのようなことを念頭において対応すべきでしょうか。

高山東日本大震災や熊本地震の際もそうであったように、被災地には様々な物品、薬品、消毒薬が入り乱れます。届いた消毒薬について、成分を含め適正な消毒効果を確認して選定し優先順位を見定めることは薬剤師の重要な役割と言えるでしょう。
 消毒の必要性について感染症における3要素の観点から見ると、消毒薬は病原微生物を殺滅し、感染経路を遮断することで感染症を防ぎます。したがって、消毒薬で感染対策を行うためには、対象の病原微生物を考えることが重要になります。抗菌薬と同じですね。消毒は「濃度」、「温度」、「時間」の3つが担保されて成立します。真冬のように寒い環境での使用でなければ濃度と時間が消毒の鍵になりますので、使用する消毒薬の濃度と微生物との接触時間をしっかりと考えて消毒することが大切です。
 消毒薬の種類という視点からは「高水準」、「中水準」、「低水準」の3つの水準に分けて考えますが、劇薬でもある高水準消毒薬は医療機関において主に内視鏡の消毒に使用されるものなので災害時の避難所などでは使用することはありません。よって、中水準と低水準消毒薬が避難所等で使用する消毒薬となります。また、これら消毒薬の使用される場面としては、診療における消毒よりも環境や物品の消毒と手指消毒において優先的に使用されることが多く、薬剤師も被災地の保健師の方々や感染対策の専門家と連携を取りながら積極的に関わっていくことが大切だと思います。
 現場では、管理しやすくかつ効果が期待できる消毒方法を行う必要があるでしょう。最も利便性が高いのはエタノールやイソプロパノールなどの中水準消毒薬です。エタノールを主成分とする手指消毒薬はもちろんのこと、環境清拭にもアルコールの使用は効果的です。もし、消毒用アルコールがないあるいは不足している場合は低水準消毒薬を使用することも考慮されます。塩化ベンザルコニウムや塩化ベンゼトニウムなどの第四級アンモニウム塩が用いられますが、濃度の担保はもちろんですが、有機物の影響を受けやすいので汚れを落としてから消毒を行うなどの消毒の基本をしっかりと守ることが大切だと思います。一方で、汚染された環境によっては中水準の次亜塩素酸ナトリウムの使用が必要な場面があります。次亜塩素酸ナトリウムは平時と同様に注意点が多々あり扱いにくい消毒薬ではありますが、アルコール抵抗性の微生物で汚染されている場合には積極的な使用が望まれます。下痢症状の避難者が増加している状態、いわゆるノロウイルス感染が疑われる場合ですね。ノロウイルスはアルコールの作用が限定的であり十分な効果は期待できません。したがって、ノロウイルスを疑った場合の環境消毒には次亜塩素酸ナトリムを使用するとともに、手指衛生は流水・石鹸の手洗いが必須であり大変重要です。避難所における流水での手洗い環境を整えることが大切なゆえんでもありますね。

消毒液の分類
高水準 グルタラール製剤、フタラール製剤、過酢酸製剤
中水準 次亜塩素酸ナトリウム、ポビドンヨード製剤、アルコール類
低水準 クロルヘキシジン製剤、第四級アンモニウム塩、両性界面活性剤

東京大学医学部附属病院 薬剤部|感染制御認定薬剤師・厚生労働省 日本DMAT隊員|高山 和郎 先生

災害時に、消毒薬が不足した場合、どのような対応が必要でしょうか。

高山東日本大震災や熊本地震では、アルコール手指消毒薬は入手できましたが水の確保が困難で流水と石鹸での手洗い環境が不足しました。一方、今回の新型コロナウイルス感染症流行下ではアルコール消毒薬の不足が課題となったことは記憶に新しく、もし今この時期に大規模災害が発生した場合はさらなる消毒薬不足が深刻な課題となるでしょう。平時はもちろん有事においても適切に消毒できる環境づくりが大切であると言えます。適切な消毒が行える環境づくりは災害時において最優先項目と考えてほしいですね。手洗い用の水の確保やアルコール手指消毒薬や環境清拭消毒用の資材確保はあらゆる災害時に必須となります。もちろん、消毒関係の資機材が不足していたり、そもそもない場合は、代替の方法を考えることとなります。代替せざるを得ない状況にならぬよう、平時から消毒関係も備蓄を含めてしっかりと備えておく意識を持っていただきたいところです。何をするにも基本が大切です。「消毒」は薬剤師が得意とする領域のようで実は苦手とする方が多いのではないでしょうか。平時から「消毒」に関する知識・技能の習得と向上を意識してほしいと思います。

次回予告
Part 3では、「薬剤師だからこそできる避難所での感染症対策」というテーマで先生にお話しいただきます。

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