薬剤師向け 災害対策情報サイト

人も地球も健康に|Yakult

災害亜急性期・慢性期における薬剤師の役割とは ~防ぎうる健康二次被害を中心に~ Part1

医師×薬剤師 対談

更新日:2022.10.31

Part1
医師からみた災害救護急性期以降の薬剤師

世相に応じて変貌する災害救護フェーズの考え方

中尾今回は、災害医療に携わる医師と薬剤師との対談ということで、特に災害亜急性期・慢性期における薬剤師の役割について、薬剤師である渡邊先生とともにお話を進めていきたいと思います。
 災害亜急性期や慢性期における取り組みをお話しするうえでは、その前提として災害救護フェーズを正しく認識しておく必要があり、まず私からは、この災害救護フェーズの考え方についてお話ししていきます。実は、行政と医療とでは、災害救護フェーズの考え方が異なる部分もあり、これは時代によっても変化してきています。国内では、阪神淡路大震災(1995年発災)が災害医療元年と言われています。それまでは災害医療という言葉や考え方すらなく、いわば対症療法的な事後対応が行われていました。阪神淡路大震災以降に様々な面から取り組みが進められていく中で災害医学という言葉や考え方が生まれ、大学には講座が開講され、多くの災害拠点病院の設置なども制度化されました。その際に取り入れられたのは、アメリカなどの先進国における災害医療の概念であり、国内における現代の災害医学におけるフェーズの基礎となっています。そのため、私たちは”急性期”と言えば、発災からおおむね72時間までを意味し、それ以降が”慢性期”という考え方になってきます。しかし、海外などにおいては”急性期” という分類がなく、例えば、反応期、復興期、復旧期、準備期というようなかたちで表現される場合もあり、行政としても、医療としても、共有できうる指針がはっきり示されているわけではないのが現状です。

渡邉おっしゃる通り、阪神淡路大震災以降に、”超急性期”や”急性期”から活動できるような医療体制が確立されました。しかし、当時の薬剤師による災害支援報告書から読み取れるように、薬剤師の活動は発災後の1週間から10日以降頃からが主となっており、本来なら薬剤師も”超急性期”や”急性期”から職能を発揮すべきですが、その時点では活動への準備がまだ十分とは言えなかったように思います。そうしたギャップを埋めるために、新潟県中越地震(2004年発災)以降から、日本薬剤師会も派遣スキームなどを整理し、できるだけ早期から対応できる体制をとってきています。それに追従するよう薬局などの災害対応に関する機能を充実させるべく取り組まれているのは近年になってからだと思いますので、医療と行政とのフェーズの差異と言うよりも、むしろ医療現場と支援活動とのズレを、現在は感じるところではあります。

中尾そうした医療現場と支援活動とのズレなども考慮しながら、行政にとって考えやすい災害救護フェーズの区切り方というのが、都度、更新されているのだとは思いますが、医療の考える災害救護フェーズとはまだズレがあるかもしれません。災害医療に対して特に注目されてきたのが、急性期にあってまだ情報もしっかり得られていない中で臨機応変な対応を求められる点であり、行政としても”超急性期”という考え方とそれに基づく対応指針が必要になったのだと思われます。しかし、現代の災害医療においては、阪神淡路大震災の際には「急性期における対応が必要」だと考えられてきましたが、新潟県中越地震、そして東日本大震災(2011年発災)をうけて、「急性期の体制は整ってきたので、それ以降の対策が必要」ということで、”慢性期”という考え方が生まれてきたものと思います。

医薬分業で支える災害医療

渡邉では、そうした災害救護フェーズの考え方に基づいて、薬剤師にとっての亜急性期や慢性期における活動に目を向けていきたいのですが、これまで急性期以降においては、医療救護活動に薬剤師が参加するというよりも、いわば、地域住民の方への”人としての対応”で、公衆衛生や環境衛生へ対応できる人材が臨機応変に対応してきていたのが実情であると思います。近年では様々な医療チームに参画したり、薬物治療における医師との連携もようやく行えるようになってきており、特に急性期以降においては、医師から求められる部分も大きくなってきていると感じています。

中尾そうですね。災害医療でも医薬分業の考え方が根づいてきているのだと思います。また、災害医療においても、先発医薬品だけではなくジェネリック医薬品が増えてきた背景もあり、被災者が常用している薬剤を見極めるのが、医師だけの判断では非常に難しくなってきています。急性期などにおいては、医薬品については専門家にまかせ、医師としての本来の役割に注力したい面もありますので、特に急性期以降の災害救護活動における薬剤師の役割がより重要視されてきたものと思います。
実は、薬剤師の役割について、医師はその全容をわかっていないという場合も少なくありません。特に災害時であれば、そのあたりも理解したうえで医薬分業を考えなくてはならないと思います。救護品として供給された医薬品の中に医師として処方したいものがなかったとしても、同じような薬効が期待されるものを薬剤師と相談したうえで探していくというのは、非常に大切なことです。災害現場に薬剤師が派遣されていれば、そういった医薬分業や連携にもつながります。

渡邉災害医療においては、発災直後から、医療資材・機材や衛生材料にいたるまで、主に看護師が関与して災害現場に搬送されていきますが、亜急性期以降では、医療を提供すべき対象者が変わってきます。新たな疾患はもちろん、外傷などは減少しますが、内因性の疾患が増えてくる時期でもあります。災害救護フェーズに応じて、どのくらいの医薬品を準備すべきかの判断は、まさに薬剤師がやるべき仕事だと思いますので、戦略的な薬物治療を医師とも調整しながら、方針決めしていくようにしなくてはならないと思います。また、災害救護フェーズの考え方に基づくだけではなく、疾患の治療傾向にも添った適切な医療提供を考慮しなくてはなりませんし、それが薬剤師の役割になっていくと思います。

中尾亜急性期以降では、慢性疾患の患者さんなど今までの医療を継続しなくてはならない被災者への対応も必要となってきますね。そうした対応には、やはり人員も含めて日頃からの準備も必要になってくるのではないでしょうか。東京のような都市部であったり、また過疎地であっても、自治体の状況によって対応は変わってくるとは思いますが、特に都市部では末端の届ける人員が不足しているという”ラストワンマイル問題” もあり、それが解消されるかどうかということも今後の大きな課題のひとつになっていくと思います。そして、避難所や救護所はもちろんですが、在宅医療を必要とする被災者に個別に配薬することも求められてきますので、そこでは、在宅療養者と私たち医療従事者との、日頃からのコミュニケートも重要になってくるのだと思います。

薬剤師にとっての災害急性期以降

渡邉薬剤師にとっての急性期以降を考えてきましたが、亜急性期は、まだ避難所が運営されているような時期であり、在宅医療への対応も念頭におきつつ、医薬品供給を中心に考えていくことになります。いわば、薬局外で仕事をするような時期であるということですね。この時期に並行して考えなくてはならないのが薬局の再開や機能の継続となりますので、常にそのバランスを図りながら、薬局外で仕事をする頻度がまだ高いような時期であると言えます。
 慢性期になってくるとそのバランスが逆転し、薬局の再開を中心に取り組んでいくことになります。しかし、被災状態により、地域の中で薬局のすべてが再開できるとは限りませんので、他の薬局の支援を行うなどの役割分担も考えていく時期になってくるかと思います。そうした役割分担のうえでも、その地域全体における薬局の被災状況の集約化などにも取り組んでいく必要がありそうですね。

中尾そして、もうひとつは、災害救助法により公的資金が投入されて医療が行われる時期と、通常の保険診療に移る時期の両方を経験することも考慮しなければなりません。医療機関にとっては通常の診療体制に戻していく必要があり、その境目を経験するということになりますので、その時期にあわせて医療スタッフが戻っていなければ、診療活動そのものが再開できないという状況も招きかねません。そういった意味では、亜急性期から慢性期と、シームレスにつながっているように思えるのですが、ここには大きな段差があり、うまく着地しなければならないという点は、医師も薬剤師も意識しておきたいですね。

渡邉そうですね。災害救助法において災害医療が求められるのはおおむね14日間が目安となりますので、地域の復旧状況も考慮しながら、どういった対応を図っていくのかは、常に判断が求められると思います。

次回予告
Part2では「災害亜急性期・慢性期において問題となる健康二次被害」をテーマに先生方にお話しいただきます。

お役立ち情報一覧へ戻る